『Science of Facial Expression』を翻訳しました
@ なんばいきん · Friday, Aug 8, 2025 · 6 minute read · Update at Aug 8, 2025

表情の科学(science of facial expressions)』を翻訳しました。

原著が専門書で高価なため、邦訳版もどうしても値段が張ってしまいましたが、ぜひお手に取っていただければ幸いです。
ここでは「なぜ私が本書を訳したのか」を、備忘を兼ねて記しておきます。

感情理論をめぐる現在地

近年、「感情とはなにか」という議論では、「感情は身体感覚に付与される言語ラベル」とする構成主義的立場が勢いを増しています。
とりわけ大きな契機となったのは、リサ・フェルドマン・バレットの『情動はこうしてつくられる(訳:高橋洋)』でしょう。
同書は一般向けでありながら学術的価値も高いのですが、その内容は「表情と感情の関係」の批判においてはややバランスを欠き、この立場の主張が一方的に受け入れられている印象も否めません。

バレットは「笑顔=幸福」といった感情と表情の一対一対応という通俗的な理解を批判しており、それは正しいと考えています。
ですが、通俗的な理解が誤りである、ということは必ずしも構成主義の採用を帰結しません。感情を刺激評価(この意味での認知)として細分化する評価理論など、ほかの選択肢も存在するはずです1

そもそも一対一対応という強い前提が誤りなのであれば、「表情と特定の心的状態は確率的に対応する」と緩やかに捉えるだけで、通俗的理解もある程度のレベルまで維持することが可能です。

本書には、感情理論における構成主義以外のアプローチが幅広く紹介されています。特にPaul Ekman、Dacher Keltner、Alan Fridlund、James Russell、Klaus Schererといった第一線の研究者が寄稿し(3-6章、19章)、構成主義以外の視座を学ぶうえでの恰好の教材となっています。


過去の自分に読ませたかった一冊

なんだかんだいって英語の本を読む、というのはハードルが高く、日本語で読める専門書は貴重です。

これまで国内で刊行された表情研究の書籍は「表情認知」、すなわち特定の表情(や特定の文脈を組み合わせた表情)がどんな帰属を引き起こすのか、に焦点を当てるものが大半でした。「そもそも刺激となる表情は生態学的に妥当なんけ?」という学生時代の私の疑問に答えてくれる本はあまり見当たりませんでした(もちろんEkmanの本は当時から訳されたものがありましたが、証拠の評価をしたい自分には定量的な報告があまりに少ない印象でした)。

だからこそ、かつての自分やそれに近い人に「こんな本があるよ」と教えてあげたい。そして、あわよくば表情研究の沼へ引きずり込みたい、と。そういう思いを込めて、この翻訳に携わりました。この思いに共感して、本書を翻訳する機会をくださった北大路書房の森光さんには、改めて深く御礼申し上げます。一人では心細かった私と一緒に翻訳を協力してくださった共訳者の皆様にも、とても感謝しています。

本書では、表情と感情の対応に関するメタ分析(7章)だけでなく、顔面筋の系統進化(8章)、サルの表情(9章)、くしゃみ・あくびなど珍しい顔面運動(11章)、曖昧な表情に対する神経反応(13章)、乳幼児の自発表情(15章)、感情表現の方言理論(25章)など、多岐にわたるテーマが収められています。きっと読者の誰かの好奇心を刺激し、その探求を後押ししてくれるはずです。




買ってくれ!(隠せなかった本音)


  1. ややこしいことをいうと、通俗的な理解と構成主義は両立しない主張ですが、評価主義と構成主義は両立しうります。その他、この辺の詳細はここで議論しません。ブログなので↩︎

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