データ分析のための数理モデル
巷で話題になってた本、「データ分析のための数理モデル入門 本質をとらえた分析のために」を読んだ。
この本は、幅広―い『数理モデル』を数多く紹介して、それらを適用する目的・発想・関係性などを解説することで、自身の問題に対して適切な分析を選択するためのヒントがふんだんに盛り込まれた書籍であると感じた。特に多体系モデルはこの本を通して初めて知った内容もいくつかあった。あくまで入り口としての教科書であり、各モデルの詳細は別の参考書で学習することを、著者がススメていることには留意する必要がある。
複雑な話題もなるべく平易に表現することで、重要なポイントをつかんでもらうことを目指しており、読みやすい入門教科書である。第四部「数理モデルを作る」では数理モデルを活用する人が知っておくべき重要な点が盛り込まれているので、データサイエンスとかやってる人はぜひ目を通してほしい。
理解志向型モデリングと応用志向型モデリングを心理学で考える
この本の独自性の一つに、理解志向型モデリングと応用志向型モデリングの2つの観点に分けて、数理モデルを解説することが挙げられる。
前者は“データがどういうメカニズムで生成されているのかを理解する”ことを目指し、後者は“手元にあるデータをもとに、未知のデータに対して予測・制御を行なったり、新しいデータを生成して利用する”ことを目指す。
心理学者にとってのこれら二種類のモデリングを解釈しなおすと、“データの背後にある心的プロセスを解釈することを目指す”理解志向型モデリングは回帰や強化学習モデルなどが代表として適用され、“未知のデータに対して予測・制御を行ったり、新しいデータを生成して利用する”応用志向型モデリングは、表情の自動コーディングや存在しない顔刺激を生成したりする場合に適用される (専門がそっちだからそういうのしか浮かばないのは許してくれ)。
応用志向型モデリングでは、心的プロセスの解釈を目指すというより、そのモデリングによって得られた道具を通して心的プロセスについての検討をすすめる、という印象がある。
機械学習は応用志向型モデリングで予測しかできないのか
話は少しそれるんだけど、心理学やってる人の間でたびたびでてくる「予測のできる機械学習は心理学に何をもたらすのか」的な話題について、ついでにここで少し触れておきたい。
なお、ここでの機械学習は深層学習のような“各パラメータの値に実質解釈可能なものが少ないモデル”を想定している。
この話題は「機械学習は予測が優れている」という印象が独り歩きして「機械学習が応用志向型モデリングでしかない」という固定観念が形成されているのではないかとなんとなく考えている。根拠はない。
その結果、「敵対的生成ネットワーク使って心理実験に使える刺激が無数に作れるよ!」という話題に対して、「(#´Д’)ハァハァ帰ったらやってみよう(*´Д`)ハァハァ」という反応と「まぁ応用志向型モデリングだもんな…心理学者がしたい数理モデルはそういうのじゃねぇんだ」という二種類の反応が生じうる(本当に生じているのかは知らない)。
しかし、“データを学習して予測を行う”という人間の学習と同様の枠組みで機械学習のような数理モデルを捉えれば、それが学習という心的プロセスについての理解を促すこともある。
Daileyらの研究では、機械学習モデルで二種類の表情を機械に学習させた。学習用刺激は日本人の感情表情画像もしくは米国人の感情表情画像である。それぞれの表情を学習した機械にテストデータで予測をさせるとin-group advantage (自民族の表情認識課題が多民族の表情よりも正確にできること) 含む各文化圏の人間によるパフォーマンスと同一の反応バイアスが学習した機械にもみられた。例えば、日本人表情を学習した機械は日本人と同様に恐れ表情に対する正確性が低かった。
これは表情認識の文化差が純粋な視覚情報の学習によって生じている可能性を示唆している。“学習”という側面で応用志向型モデリングを捉えれば“理解”の志向を促す一例である。
このように数理モデルはその使い方次第でいろんな発想を生み出し、応用志向型モデリングでも表情認識の学習といった心的プロセスの理解を促しうる。そうした研究発想の源泉として多種多様な数理モデルをこの本で俯瞰して「知っておく」のはいかがだろうか。